拙僧、周りからは “酔いどれ雲水” とも、“平成のスーダラ雲水” とも言われている極めていいかげんな修行僧?でござる。
  「何を修行しているの?」って?  ん~ん ・・・、  えぇ~と・・・、  まぁ~・・・、  いろいろでござる。
 とにかくあんな話、こんな話、いろんな話を記してみようと思ってござる。
                                       _/_/_/_/_/ 2010/3/25 【雲水】 _/_/_/_/_/

それよりも何より   ・・・ 今月今夜の月 ・・・

 きょうは 「防災とボランティアの日」
 23年前のきょう発生した “阪神・淡路大震災” では、政府・行政の対応の遅れが批判された一方で、学生・市民を中心としたボランティアの人たちが復旧に大きな力を発揮した
 このことから、
ボランティア活動への認識を深め、災害への備えの日常的充実強化を図る目的』 で、1995年12月の閣議で制定が決り翌年より実施されている。
神戸
【 神戸では、地震により破壊され沈下した公園の一部が保存されている。】

 日本ではその後も何度か大地震が発生し、多くの犠牲者が出ている。
 きょうは、多くの震災犠牲者の皆さんのご冥福を祈ると共に、あらためて大地震への備えを確認、拡充しましょう。

 きょうは 「防災とボランティアの日」 以外にも、「おむすびの日」、「今月今夜の月の日(尾崎紅葉祭)」 などでもある。
 そこで 「今月今夜の月の日(尾崎紅葉祭)」 について “余談” を少々。
 拙僧世代の人間なら、「今月今夜のこの月を・・・」 というセリフはご存知かと?
 尾崎紅葉作 「金色夜叉(こんじきやしゃ)」 の中で、主人公の “間寛一(はざまかんいち)” の婚約者である “お宮(鴫沢宮:しぎさわみや)” が、結婚を前にして突然大富豪の富山唯継(とみやま ただつぐ)に嫁ぐ。
 “お宮は金に目がくらんだ” と激怒した寛一は、お宮を熱海の海岸に呼び出し叱責。挙句の果てにはお宮を蹴飛ばしてしまう。
 そしてその時、寛一が発したお宮への言葉が、
 『あぁ、宮さん善く覚えてお置き。来年の今月今夜は、貫一は何処でこの月を見るのだか!
 再来年の今月今夜十年後の今月今夜、一生を通して僕は今月今夜を忘れん。(中略)
 いいか宮さん、1月の17日だ。
 今月今夜になったなら、必ず僕の涙で月を曇らせて見せる。
 月が曇ったなら、寛一が何処かでお前を恨んで泣いていると思ってくれ!』 というもの。
 その後の寛一は、金に目がくらんだお宮を見返すために “金の亡者” と化す。
 なので小説のタイトルが “金色夜叉” と。
 そして作中の有名なセリフ “今月今夜の月” が、1月の17日の月だったことから、きょうが 「今月今夜の月の日(尾崎紅葉祭:熱海市主催)」 に。

熱海
【 寛一・お宮像(熱海市)。当時の挿絵には下駄も靴もあるが、作中では特定はしていない。】

 で、先ほどおことわりした “余談” を少々書かせて貰おうかな?と。
 もう定説に成っているから良いよね!?
 実はこの 「金色夜叉(こんじきやしゃ)」 って、「Weaker Than a Woman(女より弱き者)」 を種本にして書かれたことが堀啓子北里大講師の調べで分かったってご存知でしたか?

 え!?金色夜叉ってパクリだったの?って?。イヤイヤ拙僧は知りませんが・・・、
 また “さらなる余談” を書かせてもらうと・・・、
 1913年に朝鮮で発表され(金色夜叉は1897年~1902:読売新聞連載)、今でも北朝鮮・韓国で有名な 「長恨夢(作:趙重植)」 という小説は、舞台が平壌で、熱海の海岸が大同江河畔に置き換えられているが、あらすじはほとんど 「金色夜叉」 と同じなのだとか。
 さすがに、さすがだね。

 ところで今夜 ( 今月今夜の月) は晴れるの?それとも曇るの? って? 
 天気予報によれば、当地の今夜は 「雨~曇り~晴れ」。   
 えっ? 「なんでもありじゃん。これじゃわかんないよ~!」 ですって?  


 イヤイヤ、それよりも何よりも、  
 今夜は “新月” ですから。  
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つくづく思う   ・・・ 藪入り ・・・

 きょうは “(先の)藪入り”。
 江戸時代の文献に、“藪入り” について次のように記している。

 『養父入 走百病とも、藪入とも書す。
  三都とも奉公人、春秋二季、その主人より暇を給ひて、父母の家に帰す。
  父母の家他国なる者は、請人の家に行く。
  請人の家を宿と云ふ。故に、江戸にては、宿下り、または出番とも云ふ。
  京坂は、今も藪入と云ふ。(中略)正月十六日、七月十六日を専らとす。』

 これによると、「三都 (江戸・大坂・京) とも」 と記されているので、全国的な習慣だったようだ。
 また、「奉公人は主人から年二回(春=1月16日、秋=7月16日)各一日の休暇を貰って実家に帰り、実家が遠方の者は、請人(保証人)の家(宿)に一晩泊めて貰った」 とあることから、実家が遠方の奉公人は、奉公を辞めるまでは滅多に実家に帰ることが出来なかったことが判る。
 遠方の者が請人の家(宿)に一晩泊めて貰ったことから、江戸では “藪入り” を “宿下り・出番” とも言うようになったが、京や大坂では一貫して “藪入り” と言っていたらしい。

 古典落語に 「藪入り」 と言う落語がある。
 三年間の奉公の末に、やっと “藪入り” が許された子供(奉公人)を待つ両親が、息子が帰ってきたら “アレをしてやろう、これもしてやろう” と楽しい思いを膨らませるところから始まる話である(以降は下に貼った動画で m(__)m)。

【 5代目三遊亭圓楽の落語 “藪入り” です。】

 で、拙僧は、この落語に出てくる家族は恵まれた家族だと思っている。
 何故かと言うと、拙僧が若い頃読んだある本に “藪入り” の語源についてこんなことが書かれていた。
 それによると、

 『“藪入り”を許されても、帰る家も宿もない(身内の無い)子供(奉公人)が沢山いた。そんな子供たちは、身内や請人の家に帰る仲間を横目に見て、自分も “いかにも” 帰る所が在るふりをして店を出てそれぞれ藪を見つけ、人目に付かぬように藪の奥に入って一夜を過ごしたのが “藪入り” の語源となった。』
 と言うものだ。
 この語源説が正しいか?正しくないか?は拙僧は判らないが、
 当時は、このようなケースはあっただろうと拙僧は思っている。

 落語の “藪入り” は面白くて良いが、 
 そんな楽しい “藪入り” ばかりでは無かったようだ。 

 “藪入り” のきょう、今は良い時代なのだとつくづく思う。 

どうですか?   ・・・ ある "だまし絵"  ・・・

 きょうの記事は、1月9日の本ブログ記事(リンクあり)に関連した記事です。
 記事に書いた(予定時間)とおり、9日、韓国の康京和(カン・ギョンファ)外相が2015年の慰安婦問題日韓合意への対応方針を発表した。

韓国青瓦台
【 韓国の大統領官邸(青瓦台)。敷地は昔「景福宮(キョンボックン)」の一部だった。 】

 新聞などのメディア報道を参考にザックリとまとめてみるとその内容(一部文大統領の発言を含む)は、
 『日韓公式合意は認めるし破棄もしない再交渉も要求しない
 しかし、日本は被害者が望むような自発的な真の謝罪をし、被害者の名誉と尊厳の回復に努力を続けよ
 そして日本の10億円基金は、一円なりとも使わない。
 とにかく慰安婦問題は誤っており、解決せねばならない。

 と言うものだったようだが、理解できますか?
 赤字の部分内容緑字の部分内容、それぞれ矛盾していませんか?
 頭の悪い拙僧には、そう思えるのだが・・・、

 各メディアのこの対応方針に関する記事をいろいろと読んでいるうちに、ある絵が拙僧の頭に浮かんだ。
 物事を無理やりネジ曲げようとすれば、こうなるという絵だ。
 それは或る有名な “だまし絵だった。

 その絵をご覧下さい。(ここをクリックして下さい。その絵が表示されます。
  
 どうですか? 拙僧世代の “対 韓国感” って、  


 こんな感じを抱いている人が多いんじゃないかな?  
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