拙僧、周りからは “酔いどれ雲水” とも、“平成のスーダラ雲水” とも言われている極めていいかげんな修行僧?でござる。
  「何を修行しているの?」って?  ん~ん ・・・、  えぇ~と・・・、  まぁ~・・・、  いろいろでござる。
 とにかくあんな話、こんな話、いろんな話を記してみようと思ってござる。
                                       _/_/_/_/_/ 2010/3/25 【雲水】 _/_/_/_/_/

今年は 『 記念写真用衣装 』 ということで   ・・・ お雛祭り ・・・

 今日は “ お雛祭り ”。
 茜ちゃんの母方のバアバから拙宅に電話があった。『 菱餅を作ったから届けます 』 とのことだ。

 『 バアバが来る前に茜ちゃんに着物を着せなきゃ! 』
 ずっと前から、 “ お雛祭りには茜ちゃんに着物を着せよう!” と着物や足袋を用意していた愚妻(関連ブログ2/28)が慌てた。
 愚妻と拙僧の二人掛かりで茜ちゃんに着物を着せようとするが、動いたり、おもちゃに気を取られたりでこちらの思うようには着させない。
 どうにか着せ終え、続けて髪の毛をまとめようとしているところへバアバが来た。

20110303-1 『 アラま~! 茜ちゃん可愛い~ 』
 バアバが囃(はや)すと、茜ちゃんも嬉しいらしく何度も “ これ!” とばかりに両手で着物を撫でて見せた。
 問題は “ 茜ちゃんがどのくらいの時間、着物を着ていられるか?” である。
 茜ちゃんのご機嫌が良い内に写真を撮ってしまわないと・・・。バアバと拙僧が、急いで茜ちゃんを写真に収めた。
・・・
【ここまでで着物着用10分経過】

 バアバと愚妻が話をしている傍らで、葵くんと遊んでいた茜ちゃんだったが・・・
 着物を着て転がり始めた。
 腹這いになって匍匐前進(ほふくぜんしん)に移った。
 匍匐前進で和室から廊下へと移動し、ついに着物がダスキンと化してしまった。
・・・
【ここまでで着物着用20分経過】

 和室へと連れ戻すと、“ 嫌だ!” と愚図り出す。ご機嫌を取ってもダメだ。どうしても廊下でダスキンをしたいらしい。
 愚妻はついに諦めて、着物を脱がせて遊び着に着替えさせた。
・・・
【ここまでで着物着用25分経過】

20110303-2 愚妻には可愛そうだが、1歳4ヶ月の茜ちゃんには着物は少し早かったようだ。来年はもっと長い時間着ていてくれるだろうから、今年は 『 記念写真用衣装 』 ということで良いじゃないか。
 
 
茜ちゃん、二回目のお雛祭りの、チョット楽しいヒトコマである。

んっ!? アールグレイ?   ・・・ お寿司屋さんのシフォンケーキ ・・・

 近くのお寿司屋さんで晩酌をした。このお寿司屋さんの息子さんは某ホテルで洋食を勉強し、現在は親父さんと一緒にお寿司屋さんを手伝っている。
 そんなことから、このお寿司屋さんはメニューの幅が広い。肉料理の好きな拙僧は、お寿司屋さんで “トンカツ” や “牛タタキ” を注文することもある。そんな料理に添えられた野菜サラダに掛かっているドレッシングソースも手作りで、非常に美味しい
20110302 今夜はお刺身の三点盛り、キス天、たまご焼きと穴子をツマミに飲んだ。 “ そろそろご帰還しようか ” というところで、お土産にシフォンケーキを注文した。もちろん息子さんが焼いたもので、この店のメニューにもある。
 シフォンケーキを拙僧に手渡す際に息子さんが言った。
 『 今日は紅茶で香り付けをしました。紅茶はアールグレイです』

  んっ!? アールグレイ? 
 ウィリアムソンや~い!関連ブログ2/9

もしかしたら坂口安吾も   ・・・ 一本桜 ・・・

 今日から 3月。仿僧川(ぼうそうがわ)提では “つくし” が顔を出し、桃の花も開花した。まもなく暖かい地方からの “ 桜便り ” も聞かれることだろう。
 桜と言えば、昨年末のPCトラブルで、それまで撮り溜めた二年間分の桜の写真を一瞬にして失ってしまった。 “ そろそろ写真データをバックアップしておかなければいけない ” と思っていた矢先のPCトラブルだった。そんなこともあり、今年はできるだけ多くの名桜・名所を訪れたいと思っている。
20110301 拙僧は、桜の中でも 『 一本桜(関連ブログ4/8) 』 と言われる桜が好きだ。古いものでは樹齢 1000 年以上と言われる孤高の桜たちである。その多くは、人里離れた広やかな空地に一人堂々と立っている。
 遠目で見れば驚くほど立派で絢爛豪華な一本桜ではあるが、近づくにつれて得体の知れない緊張感が拙僧を襲ってくる。やがて緊張感は怖さに似た思いに変わる。『 一本桜 』 と言われる桜を前にしたときに、拙僧が必ず襲われる不思議な感覚だ。 
 作家、坂口安吾の作品に 『 桜の森の満開の下 』 という物語がある。非常に怖ろしい内容で、且つ難解なものではあるが、彼は桜の古木や花弁が持つ霊的精神性を感じていて、それを表現したかったのでは無いか?と、拙僧は勝手に解釈をしている。
  彼はその中で、桜についてこう書いている。

『 (桜の花の下へ人が寄り集まって酔っ払って・・・) これは江戸時代からの話で、大昔は桜の花の下は怖ろしいとは思っても、絶景などとは誰も思いませんでした。
・・・花の下に人の姿がなければ怖ろしいばかりです。』

 もしかしたら坂口安吾も、拙僧と同じような感覚に襲われた経験が有ったのかもしれない。

 なんにしろ、 『 一本桜 』 は気高い霊的精神を持った、 『 特別な木 』 であり、有り難い存在であると拙僧は思っている。
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